創業経緯について

初めまして。株式会社Edu Studio代表の原と申します。
弊社は昨年設立した若い会社なのですが、創業は約3年ほど前です。
事業責任者である三代崎らと行っていた就活支援が少しずつ大きくなりまして、昨年法人化をいたしました。
これからどうぞよろしくお願いいたします。

創業背景についてお伝えしたいと思います。少しだけ長くなりますことご容赦ください。

僕は埼玉県で生まれ、小学校3年生から大学4年生まで野球一筋で育ちました。
高校時代までは、野球も勉強もそこそこできたほうだったので、正直挫折を知らないピノキオでした。
強豪校で特進クラスにいながらレギュラーだったのは自分だけでしたし、まさに(自称)文武両道の鑑でした。

鼻っ柱をへし折られたのは高校卒業後です。
レベル的にプロ野球選手にはなれないという理由だけで、大好きだった野球を大学で継続しないことを決意し、1浪を経て中央大学に合格。野球をするつもりはなく、普通に進学するつもりでした。

しかし大学でやりたいことがないのに、何で大学に行かなくてはならないのかと、合格通知をもらってから急に気づいたのです。4年間やりたいことがない環境で過ごすことが急に怖くなってしまいました。

結局”野球が大好きで今やりたいこと”だったのにも関わらず、”〜になれないから”という理由でその道を閉ざしてしまったことを非常に後悔していたのです。
また同時期に、小学校から高校までずっと対戦していたライバルピッチャーが、早稲田大学に進学し、大学1年生から満員の神宮球場で、早慶戦で屈強な打者を相手にバッタバッタと抑えていることを知り、強烈に嫉妬してしまいました。

散々悩みましたが、
①好きな野球を続け自分の可能性に挑戦する
②慶應に入りそのピッチャーにリベンジする
という目標設定で過ごす4年間の方が、上手くいってもいかなくても、充実した大学生活になると思い、中央大学を2日で退学しました。

冒頭のとおり、プライドも非常に高かったので、王道を歩いてきた自分がレールを外れること、2浪するという世間体の恥ずかしさ、孤独などと戦いながら何とか慶應大学に合格しました。
紆余曲折はありましたが、4年間全力で野球と向き合うことができ完全燃焼することができました。

長くなりましたが、「学生がもっと早期に熱中できることを見つけて、自分の人生を自分で切り開けるような世の中及び教育環境を作りたい」という思いから、株式会社Edu Studioを創業いたしました。
これまで培ってきた経験と持ち前の圧倒的な熱量で、多くの人々、関係者を巻き込み、事業を展開してまいります。

今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

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